俺だってヒーローになりてえよ

何が足りないかって、あれだよあれ。何が足りないか分かる能力。

答えを教えてもらうと無くなる価値がある

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宝石の価値が分かるのは、希少さを知っている者だけ。

 

答えを聞けるのが当たり前の環境 

私のように多数の部下(100人超え)を抱えていると、ときに育成よりもとにかく答えを教えまくって対応してしまうことが多い。

そんなとき私はいつも、「また安易な手法に逃げてしまった…」と後悔すると同時に、部下が成長する機会を損なってしまったことを反省している。

 

部下の方も部下の方で、自分で考えるよりも答えを知っている上司に聞くほうがラクなので、それが習慣になってしまっている。

 

答えを聞くことによって失うものがあることを知らないのだろう

そしてそれでも毎日を生きていくことができてしまう。

 

これはある意味で幸せな状況と言える。

それだけ平和な世界で生きているということだ。

 

社会は基本的に冷たい

社会は基本的に殺し合いのようなもので、わざわざ他人に手を伸ばしてくれる人というのは、自分の利益にでもならない限りはいない。

 

実際、私が今の会社に入社したばかりの頃は、古き悪き時代特有の教え方である「見て盗め」的なことをよく言われたものだ。

「どこまで分かってるか説明してみて。その次のレベルから教えるから」

なんていうよく分からないことも言われた。

でも天使のように素直な心を持っていた私は、なんとか先輩に答えをひねり出そうとし、「少し考えてから行動することができます」なんていうアホ丸出しの答えを繰り出した。こんなのは何も言っていないのと同じである。

しかしそれでもその先輩は、「よく分かった」というような顔で頷き、そして結局私には何も教えてくれないまま、仕事がツラくて退職してしまった。

 

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苦しみを楽しみに変えた経験 

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生き残れた私がただ単に鈍感だったのか、それとも生き残れるだけの優秀さがあったのかは分からない。

ただ、確実に言えるのは、私はみんながツラくて次々と辞めていく様子を見ながら、ひとりだけ“楽しんでいた”のだった。

仕事がキツいのは私も同じ。だけどそれにも増して、

 

今までできなかったことができるようになること。

新たな成果を得られたこと。

みんなの苦労を取り除くことができたこと。

今までにないアイデアを思いついたこと。

それを実現できたこと。

 

そんなことが楽しくて仕方なかったのだ。

 

もしかしたら、辞めた人たちから見たら私は、社畜と呼ばれるような存在だったかもしれない。サビ残も余裕でしてたし、休日出勤(無給)しても何も感じていなかった。

脳みそが“やりがい”からもたらされるアドレナリンで、どうにかなっていたのかもしれない。

 

自分で答えを見つけることの価値 

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でもそんなことよりも、良かったのは私が“自身で答えを出さざるをえない”状況にいたことだ。

それによって、私は強制的にではあるものの、自分で考えること。そして自分で答えを発見することを経験できた。それが今の自分の基礎になっていることは間違いない。

 

そして何よりも、自分で答えを見つける快感を知っていることだ。

自分で道を切り開く快感を知っているからこそ私は、

 

問題と向き合う力が湧き出てくる。

挑戦する勇気が出てくる。

真剣にやる価値を知っている。

教えてもらうことで失うものを知っている。

 

教えてもらうのは簡単だし、何よりも安心だ。

実際、この「答えを教えます」的な商売というのは廃れることを知らない。それだけみんなが求めているのだろう。

でもそこで失う価値を知らないまま、過ごすのはなんとも勿体ないと私は思ってしまうのだった。

 

大変じゃなければ楽しめない。

答えを知っていたら楽しむ資格がない。

 

以上。