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俺だってヒーローになりてえよ

圧倒的な読書量と端から忘却していく貧相な記憶力、ふざけた文章を駆使するポンコツブロガー。 同情されているのか、やたらとオススメ本や漫画が売れている。月商30万円ぐらい。 どうぞよろしく。

当たって砕けるとか言う人はなぜ「砕けない」準備をしないのか?



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どうも。

当たって砕けちゃうバカ

仕事をしていると「当たって砕けろ」という勢い任せな人がときどき現れる。

大抵はそのまま本当に砕けてしまうのだが、そういう輩に限って砕けた経験を忘れてしまうので、同じような壁に出会うたびに「当たって砕けろ!」と突っ込んでいく。

とても微笑ましいとも言えるが、とてもバカだとも言える。

今は亡き作家の中島らもが『ガダラの豚』の中で「男らしいというのは『バカ』と同義」と語っていた。確かに当たって砕けるバカのイメージは完全に男である。もしかしたらそういう本能があるのかもしれない。玉砕することの美学的な。

砕けないようにするのが“準備”

そもそも準備というのは砕けないためにある。

「当たって砕けろ」はつまり「俺は準備も何もせずにノープランでノータリン(死語)だぜ!」と言っているの同じである。どうだろうか、とっても男らしいじゃないか。

砕けないために、壁の硬さを調べたり自分の耐久性を把握したり、ぶつかる速度を考えたりするのだ。車の衝撃実験だって何も考えずにやっている訳ではないのだ。

自分が砕けそうだったら、まずは軽くぶつかってみる。それくらいのバランス感覚が必要だ。というか、それくらいの考えがないとムダ手間になることが多い。余計な仕事が増える。勘弁して欲しい。

砕けるのはギャンブル

何も考えないのはラクかもしれない。

いちいち想定したり調査したり計画したりするのは手間だったり面倒だったりするのかもしれない。

だが、砕けることを前提にするのはただのギャンブルであり、そこには知性の欠片もないことを知ってもらいたい。

ギャンブルで負けた人がよくその経験を笑って話す。私の職場にもたくさんいるが、みな一様に笑っている。怖い。何あれ。

砕ける中毒

もしかしたら砕けるのは気持ちいいのかもしれない。カタルシスを得られるのかもしれない。

だから「当たって砕ける」とか言い出してしまう人は、ただ単に「砕ける中毒」なのだろう。砕けるときの快感、無謀だと分かっていながらも闇雲に突っ込む自分に酔いしれているのだろう。

やっぱり微笑ましい。幼稚と同義である。

ただ少し理解してほしいのは、当たって砕けた後、その肉片を拾う作業が発生していることだ。本人は砕けたからどうでもよくなっているかもしれないが。

この辺りは電車に飛び込む人と同じ要素があるかもしれない。

つまり「当たって砕けろ」は擬似的な飛び込み自殺になる。ならないか。

人間だったら脳みそを使おう 

認めよう。準備は面倒だ。頭を使うのだって疲れる。だけどそれをやるからこそ人間の仕事なのだ。動物はわざわざ辛いことをしない。人間だけが苦痛を人生に利用する知恵を持っている。

自分を人間だと思っているなら、せめて少しは脳みそを使うクセをつけてもらいたいと思うのだ。

 

以上。

 

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