俺だってヒーローになりてえよ

何が足りないかって、あれだよあれ。何が足りないか分かる能力。

強みだけで普通の人が生きていくのは無理だろう

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どうも。

まあ愚痴みたいなものである。

 

強み診断が大人気

最近、強み診断が大人気である。色んな所でブロガーがそれ関連の記事を書いている。きっと儲かるのだろう。実はかくいう私も強み診断系の記事を書いているが、まったく儲かっていない。きっと私には「強み診断を勧める」という強みが無かったものと思われる。悲しい。

一応、有名所を紹介しておくと

さあ、才能(じぶん)に目覚めよう―あなたの5つの強みを見出し、活かす

マーカス バッキンガム,ドナルド・O. クリフトン 日本経済新聞出版社 2001-12-01
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これである。この本の付録で付いているアクセスIDで、一度だけ自分の強みを診断してくれるというシロモノである。

私も強み診断に踊らされていた時に、踊り狂っていることに気付かないまま購入した。別に後悔はしていない。本当だ。いい買い物をしたとも思わないが。

診断結果にはこれでもかと私の強みが列挙してあり、普段無能感に苛まれながら生活している私としてはなかなか気分が良かったものだ。ムダに承認欲求が満たされた。

※参考記事

orehero.hateblo.jp

しかしただ強みを診断するだけでは意味がないので、何かに活かそうと思ったのだが、土台が無能なので自分の強みをどうやって活かしたらいいのかがそもそも分からない、という事態に陥った。緊急事態である。

私は途方に暮れていた。「なんだよ強みが分かっても何も変わらねえじゃねえか」とヘソを曲げていた。

そんなへそ曲がりな日々を送っていたある日、「強み診断の結果をいつでも目に入る所に貼ってある」とどこかの誰かのブログで読んだ。

これはいいと思った。具体的な活かし方ではないが、自分の強みを常に意識化に置くことで、何かしら良いことがありそうな予感の匂いがプンプンする素晴らしい方法ではないか。特に何も行動しなくていいのが、さらにいいではないか。壁に貼るだけ。楽勝だ。

私は何も考えずにすぐさまそれを真似したのだが、いつでも目に入る所にあるにも関わらず知らない内にどこかに行ってしまった。驚きである。

相変わらず私の生活には何も変化が見られないし、むしろ無能感が増した気がするのだが…。

もしかしたら私の強みも一緒にどこかに行ってしまった可能性がある。気のせいだろうか。 気のせいであってほしい。思考は現実化すると言うし、きっと気のせいなのだろう。

「みんなが勧めるモノ」=「良いモノ」ではない

私も偉そうなことは言えないのだが、ブロガーにしろメディアにしろ、金になりやすいものを勧めるの普通である。売れないものを勧めても非効率である。道路に落ちている軍手を勧めた所で売れはしないのだ。

「強み診断」がブームなのであればやはりそれに乗っかるのが人情というものだろう。みんなお金儲けが大好きなのである。

なので、いくらみんなが大絶賛しようがブームになろうが、それが即「良いモノ」という訳ではないことを念頭に置いておこう。私のように、「頭を使わずに肛門でものを考えているんじゃないか?」と疑ってしまうようなレベルの思考力に成り下がってはいけない。ちゃんと自分の頭で考えよう。

自分のアタマで考えよう

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私は少々、「強み診断」のことをドラえもんの道具的なものと思い違いをしていたのかもしれない。

結局のところ、自分の人生を変えてくれるようなものなんてのは存在しないのである。人生を変えるものがあるとすれば、そこには泥臭く、夢の欠片もない地道な日々の積み重ねがあるだけなのだ。

そもそも強みだけを活かすことが難しい 

話がそれまくっているが、私が言いたいのは「強みだけを活かすことは難しい」ということである。

強み診断を推し進める人たちの言い分としては、「苦手なことをするよりも、得意なことだけをすればもっと効率的な世の中になるよ」というものだ。

確かに飛び抜けた強みがある人ならば、自分の強みだけを武器に世の中を渡っていけるかもしれない。それを必要としてくれる人がいるからだ。

だが、普通の人たちの強みなんてそこまで特殊なものではない。強みがあるのは認めるが、それは少しずつ育てていくものであって、「はい、今日から強みだけで生きていきまーす!」とはならないだろう。

強みだけを活かせる社会や企業というのが私にはいまいち想像できないのだが、きっとサッカーチームみたいなものだと思われる。得点を決めるのが得意な人がいて、ゴールを守るのが得意な人がいて…という感じであろう。でもそうなるとやはり、それはほんの僅かな人たちの世界だと思うし、日本では得点を取るのが得意でも、海外に行ったら違う要素を武器にして生きるなんてのはよくある話である。

強みを活かすことと、弱みから逃げることは違う 

能力パラメーターが一点に偏っているような人は存分に強みを活かして生きてもらいたいと思う。きっとその方が世界のためになるだろう。

問題は私のような普通の人である。

普通の人というのは、特殊な能力がない(まだないとも言える)ので、それでも人から必要とされるために、努力だったり、我慢というものでカバーする。それが仕事の本質でもあったりするのだが、これが嫌で「僕は強みだけを活かしたいんだい!」と逃げるのはいかがかと思うのだ。

逃げるのが悪いとは言わないが、逃げるのが正解だと言える状況なのかどうかはしっかりと考えた方がいいと思う。

なぜなら、人が成長する瞬間ってのは大抵苦しいからだ。

成長痛だって辛かっただろう?

自分にとって都合のいいことだけを見ていられたら、それはまやかしかもしれないが幸せな人生だと思う。

それと同時に、自分の弱さにも正面から向き合って、あえて辛い思いをするのだって、マゾヒストっぽいかもしれないが素敵なことだと思う。

どちらにしろ変態的である。

まあ色々書いたが、結局は「好きにしたらええがな」といういつもの結論になってしまうのだが、あまりにも世間の流れが「強みマンセー」になりすぎている気がしたので、ブレーキを掛けたみた次第である。

きっと効かないだろうけどな。

 

以上。「着想」が強みのひろたつでした。