俺だってヒーローになりてえよ

何が足りないかって、あれだよあれ。何が足りないか分かる能力。

フリースタイルダンジョンが流行ってもラッパーは儲からない

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どうも。

 

フリースタイルダンジョンにドハマりしているのだが、最近分かったことがあったので報告したい。

番組は最高

MCバトルというアングラなものを地上波に持ってきた勇気はさすがである。ニッチなテーマといえばテレビ朝日である。

もともとネットでも人気はずっと前からあり、R-指定もネット界隈では有名な存在だった。MCバトルはコンテンツとして面白いものだったのは間違いなく、テレビがやっとそれに気付いた、というべきかもしれない。

で、この『フリースタイルダンジョン』は最高である。放送時間の短さと、zeebraの薄っぺらさ以外は最高の番組だ。

この番組にはオーガナイザーのzeebraの意向で、番組途中にヒップホップアーティストのライブが挿入されるなど、ヒップホップアーティストにスポット当てることを目的としている。

人は残酷がお好き

実際のMCバトルでは引き分け(延長戦)があるが、この番組ではそれは存在しない。なんならクリティカルを食らうと1回しかラップすることができない。

そこにこの番組の面白さがある。テレビ的には無名でもそれなりの実力者たちが、モンスターと称する最強MC軍団相手に奮闘する姿にはドラマがある。

見ている人は挑戦者側に感情移入しても楽しめるし、モンスター側に立って「やっぱこいつやべえよ!」と興奮することもできる。非常によくできた番組である。

甲子園が人気なのも同じような構造で、勝つチームもいれば負けるチームもいる。どちらも本気でやっているが、勝敗は残酷にもつけられてしまう。そこで巻き起こる感情の渦、つまりドラマを楽しむわけだ。

人は神になりたい欲求を持っている。他人が運命に翻弄されている様子というのは楽しいものなのだ。

MCバトルは曲芸

MCバトルについて考えてみよう。

その場で思いついた言葉で相手と戦う、というMCバトルはアーティストというよりも曲芸師に近いものである。あんなことが出来る人はそうそういない。だからこそ見世物として成立する。

だがここでひとつ問題がある。

曲芸というのは、観客に驚きを与えることはできるが、感動させることはできないのだ。感動といっても涙を流すとかそういうことだけの話ではなく、心を動かされること全般として捉えてもらいたい。

曲芸師のことをよく知っていればドラマにもなるのだろうが、多くの人は『フリースタイルダンジョン』の出演者のことを知らないだろう。知らない人に感動することは難しい。ここにフリースタイルダンジョンの限界がある。

感動するからファンになる

人は物語に弱い。心動かされるものが好きなのだ。曲芸にそれを求めるのは難しい。

しかし音楽作品であればそれも可能になるだろう。メッセージを伝え、言葉に出来ない部分を音楽で表現する。それで感動してもらえればファンになってくれることだろう。

この流れはフリースタイルダンジョンでは生まれない。だって、あの番組を見てる人達は、出演者のラッパーには興味がないからだ。彼らの興味はただひとつ、「勝負が見たい」ただそれだけなのだ。

 

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ラッパーの前に現るふたつの道

ここでラッパーの前にふたつの道が現れる。

ひとつはフリースタイルダンジョンのような番組やアングラなMCバトルに出続けて、「試合をしている自分を好きになってもらう」という道。

もうひとつは、「作品を発表し、作品ごと自分を好きになってもらう」という道。

先日、般若に余計な挑発を受けてしまったKREVAは後者にあたる。彼はMCバトルの意味や役割をよく理解していると思う。

MCバトルで勝ち続けたとして、勝ち続ける姿を応援してくれるファンはいるかもしれない。だが、MCバトルで勝てなくなっても応援し続けてくれるファンはどれくらいいるだろうか?

片や、作品を発表し続けるアーティストは応援のしがいがあるだろう。一緒に歌うことだってできる。

 

ただただバトルがしたいだけ、ファンがいようがいまいが関係ない、というラッパーであればこの記事は何の役にも立たない。

フリースタイルダンジョンで得をする人

そもそもの話だが、『フリースタイルダンジョン』に出て得をしている人間はどれくらいいるのだろうか?

たぶん、上から眺めているだけで仕事になる審査員と般若ぐらいじゃないだろうか?

他のモンスターたちもいらぬ恥を晒すだけだし、サ上やT-PABLOWのように、確かな実力者なのに番組の犠牲になって「かませ犬」などと言われてしまう。

挑戦者もそうである。私もそこまで詳しくはないが、相当な実力者が雁首揃えて地上波全国放送で恥を晒すわけだ。

バトルは面白い。それは認める。だがあまりにも残酷にすぎる気がしてしまうのだ。

焚巻にファンがつくだろうか?

もう少し話を進めてみよう。

『フリースタイルダンジョン』に出演したことで人気が出たアーティストがいたとしよう。例えば焚巻みたいなパターンだ。

焚巻はいくつか音源を発表しているみたいだが、これから彼はKREVAや漢、R-指定のようにファンが付くだろうか?

私はムリだと思う。ファンが付いてもコアなごくごく少数の「焚巻に興味がある人」で終わると思う。お金を落としてくれる人はなかなかいないだろう。

これは別に焚巻を批判しているわけではない。そうなって当然な状況だと言いたいのだ。

ヒップホップの問題点

これはヒップホップという音楽性に問題がある。楽曲にリズム感を与え、観客を音に乗せることに特化したヒップホップであるが、ラップそのものは実は非常に敷居が低い。

言い方は悪いが、喋ることができるのであれば誰でも歌えてしまうのがラップなのだ。

そうなるとどういうことが起きるか。

アーティストの渋滞である。

誰でもできるからみんなやる。みんながやるから一人ひとりの価値が低くなる。この世にラッパーが溢れすぎなのだ。だから焚巻のファンになる人が少なくなるのは当然の道理である。

問題はそれだけではない。

音楽のパターンが少なすぎる、という問題もある。

MCバトルで名を馳せたメンバーのMVを見てみよう。

 

 

 

 

私はヒップホップ好きなので、それぞれの個性を楽しめるのだが、果たしてこれを大衆が聴いてどう思うだろうか?たぶん、「全部同じじゃん…」と思うことだろう。

得てして興味のない音楽ジャンルというのは全部同じ曲に聞こえるものだが、ヒップホップはそれがより顕著だと思う。それもやはり歌唱法に問題があるのだろう。

他のジャンルであれば、ボーカルにメロディーが存在するのでその分音楽の幅が広がる。なんなら曲の中にラップパートを入れたっていい。

ラップはメッセージ性の非常に強い音楽ジャンルだ。だが、音楽として楽しみ続けるのはハードルが高いと言わざるをえない。

フリースタイルダンジョンの使い方 

最後にフリースタイルダンジョンの使い方を教えたいと思う。

これは別の記事でも書いたのだが、フリースタイルダンジョンに出る挑戦者達は、バトルよりも自分たちの名を売る機会だと捉えた方が得策である。どんなに挑戦者が強かろうが、番組的に般若が負けることはないだろう。

きっと挑戦者は負ける。だが焚巻や崇勲、R-指定と戦ったときのDOTAMAのように素晴らしいバトルさえすればファンは必ずつく。

だから、こんなことを言うのは失礼に値するかもしれないが、ネタは用意しておくべきだ。先日のHIDADDYの試合を見て私はそう確信した。

ネタだろうがなんだろうが、あの場ではいい試合をすることが求められるのだ。真面目にトップ・オブ・ザ・ヘッドでやると無駄な悪評をもらうだけになると思う。

本当のMCバトルの大会でそれをやるのは、ボクシングの試合に凶器を持ち込むようなものなので絶対にダメだ。だがこと『フリースタイルダンジョン』で言えば、そもそも番組側が挑戦者に勝たせる気がないのだから、せめて名を売る機会として最大限に利用させてもらうべきだ。

 

以上、健闘を祈る。