俺だってヒーローになりてえよ

何が足りないかって、あれだよあれ。何が足りないか分かる能力。

19(ジューク)ほど青春が似合うアーティストはいなかった

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このふざけたジャケットが当時は…

今と変わらずふざけて見えたものです。

 

どうも。

私の同世代が悶絶しそうな話題を提供したいと思う。

 

19(ジューク)の概要

この記事を読んでいる人に19(ジューク)を知らない人はいないと思うが、一応紹介しておく。

19(ジューク)とは1998年から2002年まで活動していた音楽デュオである。

メンバーは岡平健治(左)と岩瀬敬吾(右)。

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この二人に加え初期のメンバーには作詞&イラストを担当していた326(ミツル)がいた。

上の特徴的なジャケットイラストは326の手によるものである。

ひと目で彼が描いたものだと分かる個性を持っていた。

 

初期の19は326の書く独特な歌詞とイラスト、そして彼らが生み出すメロディーが若者(特に10代)を惹き付けていた。同時期にデビューしたゆずと人気を二分していた。

だがそれはあくまでも初期の話である。

 

青春そのもの

彼らの楽曲を表わす上で一番的確なのはやはり「青春」になるだろう。

これは彼らのファンであれば全員が納得するものだ。

なにせ解散後に発表したベストアルバムの名前が「青」と「春」だったぐらいだ。レコード会社(ビクターだったかな?)もそれで推すつもりだったのだろう。

例えば、彼らの人気を不動のものにした作品である『あの紙ヒコーキくもり空わって』。


あの紙ヒコーキ くもり空わって

 

夢を描いたテストの裏 紙ヒコーキ作って

明日に投げるよ

いつかこのくもり空わって

虹を架けるはずだよ?みんなをつれてくよ

 

サビの歌詞が当時中学生だった私にはドンピシャだった。

テストの裏に夢など描いたことはなかったが、完全に描いた気になっていた。もちろん飛ばした気にもなっていた。

 

はっきり言って彼らは歌が上手くない。ハモリも下手くそだ。聞くに堪えない。

しかし、その世界観や10代の感性に訴えかけるのが本当に上手いアーティストだったのだ。

まさに彼らの楽曲には青春を感じさせるものがあったのだ。

 

私は彼らの楽曲とともに青春時代を過ごした。

なので彼らが当時の私の青春時代を上手く表現していたのか、それとも彼らが提供する“青春”をただ単に受け入れていただけなのか、今はもう分からない

 

中二病を炸裂させた歌詞世界

さらに特筆すべきは、その圧倒的なまでに歌詞が厨二病化している点である。 

漢字を書いて別の読み方をさせる手法は19以前からあったが、326の歌詞はその技法をかなり推し進めたと思う。

 

ちょっと見てみよう。

 

・理由 → ワケ

まあ分かる。

 

・秒針 → ハリ

これも有り。

 

・他人 → ヨコ

は?

いや、横目でなんて言葉があるくらいだし、まあいいか。

 

・現在 → きょう 

類義語か…。微妙な所を突いてくるなぁ。

 

・自由 → ギム

逆なんですけど…。

 

・横断歩道 → アンゼンなミチ

その通り。でも過信するなよ。

 

・横断歩道 → クリカエシ

別パターン。アンゼンなミチは繰り返しってか。

 

・善い理由 → イイワケ

上手い。

 

・人生 → ミチ

確かに。

 

このように10代が狂喜乱舞しそうなワードが楽曲の中に飛び交っていたわけだ。

ちなみに326の本職である詩はこんな感じ。

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普通に良いことを言っている。 

 

魅力が失われる

そんなわけで初期の19は絶大な人気を誇っていたわけだが、あることをきっかけにその人気に翳りが生じ始める。

19の人気を支え、実質10代の心を掴んでいた要素である326が脱退したのだ。

326はAKBで言う所の、秋元康みたいなもんである。秋元康がいなくなったらAKBはどうなるだろうか?

きっと方向性を失い求心力は無くなっていくことだろう。それは卒業したメンバーを見れば分かることだと思う。

同様のことが19でも起きた。

326が脱退したあとの19は悪い意味で普通のアーティストになってしまった。

そして解散

たしかにオリンピックの主題歌に選ばれるなど人気アーティストっぽい結果は出していたが、それはただ単に初期の人気が生んだ勢いでしかなく、326脱退後の彼らにそこまでのアーティスト性は存在しなかったのだ。

しかし当時ファンだった人間は、「あのときの19をもう一度」という想いだけで、必死に食らいついていた。

いきなりロックテイストな楽曲を発表しようとも、完全にソロみたいな楽曲が出てこようとも、「きっといつかは…」と耐えていた。

しかし無情にも彼らは、わずか4年でその音楽生活に終止符を打ってしまった。

いつかは終わるもの 

どんなに人気があるアーティストでもいつかは終わるものである。

しかしそれでも10代の青春を19の楽曲に重ね続けていたファンには、それはもう堪える出来事だった。

 

当時の私は19の『恋』という楽曲のように恋をして悶々とした。

『すべてへ』のように何か価値を生み出そうともがいた。

『卒業の歌、友達の歌』に書いてあるように、卒業までの時間を意識した瞬間から周りの風景が変わってしまった。

 

19が青春であり、青春は19の楽曲の中にすべて入っていた。

それくらいかけがえのないものだったのだ。

 

10代だからこそ

たぶんあれを20代の時に聴いても、「青臭いな」としか感じられなかったと思う。

やはり中学、高校の多感な時期だからこそ、共感し、頼りにしたのだ。

私は19と共に青春時代を過ごせたことを幸せに思う。

運の要素が強いがやはり、モノには出会うべきタイミングというのが世の中にはあると思う。

遅すぎるなんてことはないかもしれないが、それでも「遅い」はあるのだ。

 

結局初期の作品を超えることはなかった 

19を最初から最後まで、何なら解散後まで見届けた私としては、19というのは初期の3人体制の頃のことだと思っている。

結局あのときの作品を超えることはできなかった。

 

輝きを放てば放つほど、喪失感は大きくなるものだ。

それは奇しくも自分たちの過ぎていった時間と同じであり、それは青春そのものだと思う。

 

やはり19ほど青春が似合うアーティストはいないのだ。

どちらも失われたからこそ、価値があるのだ。

 

以上。

 

 

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