俺だってヒーローになりてえよ

何が足りないかって、あれだよあれ。何が足りないか分かる能力。

古舘氏の最後のスピーチに思う。曲芸は感動を生まない。

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どうも、ひろたつです。

2016年3月いっぱいで、報道ステーションのメインキャスターである古舘伊知郎さんが降板されました。

番組の最後に行なわれた8分間のスピーチに、「完璧だ」「感動した」「素晴らしい」などの声が寄せられているようです。
こちらが実際の映像です。


素晴らしいです、確かに。
特に最後の音楽が流れてからの盛り上がりと締め方は、曲芸レベルです。

曲が流れるとあと20秒だそうです。それを感じ取りつつ、あそこまでぴったりと合わせられるなんて超人的ですよね。浪花節からの引用までしてくるし。常人には到底理解できない領域なのは間違いありません。

これにはおぎやはぎも賛辞の嵐です。
   

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古舘さんのことはよく知らないんですけど、おぎやはぎのような喋りのプロからしても超人的な存在なんですね。
上のスピーチの動画を見れば、それはよく分かります。素晴らしいです。

でも、ですよ。

みんなが絶賛するのも頷けるクオリティだったとは思うんですが、感動するかというとそんなことないんですよ。
むしろちょっと正直な所、白けてしまいました。

多分、みんなが感動しているのって、彼の”完璧な喋り”という芸に対してであって、彼の話す内容にではないと思うんですよね。圧倒的な芸を見せられて、その勢いに乗せられて「感動した」とか言ってるだけで、実際はただ驚いてるだけだと思います。

これって、May Jと同じ現象なんですよね。

上手い、それは分かったと。でも上手さを見せつけられても、心は動かない。

これは完全に私の要望なのですが、12年間もメインキャスターを務めた番組を降りるのですから、古舘さんの葛藤とか人間ドラマをそこに見せて欲しかったんですよね。
絶対にもっと色々あったと思うし、苦しみや達成感も普通に生きていたら感じられるようなものではなかったと勝手に想像してます。

で、ここがポイント。

本当に心の底を伝えたいときに、人はあそこまで流暢には喋らないと思うんです。

もっと溜めたり、つっかえたり、思い悩んだりしながら喋るからこそ相手に空気が伝わるのであって、古舘さんのは完全に「作り物」だったように感じました。完璧な作り物だったので、それにはとても価値があるんですけどね。古舘さんだからこそ見せられるものでしたから。

でもあの場で期待したいのは、古舘さんの物語というかドラマだったんですよね。視聴者を感動させる方向が違ったように感じます。

まあそれでも、古舘さんなりの「最後の餞」だったわけですから、あの喋りを見せることが古舘さんらしい終わり方だったことは確かなんですけどね。

ただ感動できなかったというだけで…。


曲芸は心を動かすことはできない。ドラマこそが感動を生み出す

そんなことを思った次第でした。



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