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俺だってヒーローになりてえよ

圧倒的な読書量と端から忘却していく貧相な記憶力、ふざけた文章を駆使するポンコツブロガー。 同情されているのか、やたらとオススメ本や漫画が売れている。月間250冊以上。 バカなことを書いて怒られること多し。

やりたいことをやらない人生に価値なんてない



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みなさま、いかがお過ごしでしょうか?私は相変わらず好き勝手に生きるために必死です。 

◯行こう、パチンコへ…! 

せっかくの休み。さあ何をしよう?そうだなぁ、最近パチンコ行ってなかったし、給料も入ったばっかりだから派手に勝負してくるか!

なんて生活を送っていませんか?
他人の人生を否定できるほど偉い人間ではありませんが、それでも言えます。

ギャンブルに貴重なお金と時間を費やすような人生には価値がありません。

以前、この記事でも書いたのですが日本のギャンブルというのは負けるように出来ているのです。この原理が理解できていない人がギャンブルに精を出すのでしょうから教えておきますが、ギャンブルには胴元というのが存在します。胴元が存在しなければギャブルの場を設けられません。なので胴元にいくらかのお金が流れなければいけません。
客の金の何割かが胴元の手元に流れているのに勝てる道理がありません


◯極端な例だと面白いけどね

中には本気でギャンブルがやりたくてやりたくて仕方なく人生を賭けたい人もいるでしょう。

私の大好きなマジシャンでレナート・グリーンという方がいるのですが、この人のDVDで友人のギャンブラーの話がありました。
その友人はことあるごとに初めて会う人間に賭けを申し込むそうです。なんとその内容は…

俺の胸に乳房があるかどうか賭けないか?

というものらしいです。

ちなみにこの人にはしっかりとした乳房があるそうです。当然、賭けに乗る多くの人が「ない」の方に賭けるのを見越してなのです。筋金入りのギャンブル狂ですね。

ここまでいけば話の種にもなりますし、価値が生まれてしまっているのですが、多くのパチンカーは違うでしょう。ただ単に射幸感を得たいがためだけにギャンブルに励んでいるだけです。何の面白みもなく、何の経験にもならず、死ぬ間際に「人生ムダにしたなぁ…」と思うのが関の山でしょう。

これはギャンブルに限った話ではなく、買い物などの無駄遣い全般に言えます。

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◯時間があるとしたら何をしたいか?

あなたに時間があったら何がしたいですか。

あなたにお金があったら何がしたいですか。

ただ日々の快感を得るためだけに無為にすごしていないでしょうか?

昨日、会社の食堂でたまたま隣に座った別の部署の若者が言っていました。
「来週急に休みが入ったんだけど、何したらいいか分かんないんだよね。パチンコ行くにも金無いし」

それを聞いて思いました。「羨ましい…」と。
今の私はいくらでも時間が欲しいです。読みたい小説、観たい映画、新しいバンドも探したいし、海外旅行にも行ってみたいし、ブログに書きたいことは山程ある。小銭稼ぎにも精を出したいし、新しい職探しもしたいです。
時間を使おうと思ったらいくらでも使えます。

そして思い出しました。自分も20代の初めの頃はこの若者と同じように過ごしていたことを。あの時の時間が今あればと本当に思います。

やりたいことを見つけないとあとで後悔することになるのです


◯自分が分からなくなっていないか?

不幸なのは自分が何をしたいのかが分からなくなることです。
仕事仕事と与えたれた業務に没頭し、自分の存在が希薄になるといつしか自分の心の声が聞こえなくなります。会社から命令されること、親としてやるべきこと、社会から求めれれること=自分のやりたいことになってしまうのです

やりたいこととやらなければならないことはイコールではありません。そもそも世の中にやるべきことというのは存在しません。

私達は後悔しない為にも、自分の声に正直に、そして敏感になるべきです。聞こえなくなってからでは遅いのです。

時間があったらあなたは何がしたいですか?この質問に答えられないようになると、危険信号です。


◯立派じゃなくていい

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社会的責任を果たすとか、人のために生きるとか、そんな立派なことをしなくてもいいんです。
ただ自分の声に従って、目を輝かせて生きていけばいいんです。

私もまだまだ洗脳を解いている段階で、人様に偉そうに言える立場ではありません。ですから一刻も早く、自分で稼げるようになって自由の素晴らしさを満喫して、日本を啓蒙できるような人間になりたいと思います。

最近よく思うんですけど、自分が満たされていれば、自分の利益のために力を使うことから解放される気がするんです
苦しんでいる人が世の中にはたくさんいるのは知っているのに、私は力を貸そうともしていなくて。気が向いたときの募金ぐらいしか誇れるようなことはしていません。
子供を抱える身としてはもっと立派な人間になりたいと思うのですが、その為には金銭的にも時間的にも余裕があまりにも無さすぎます。

まずは自分を満たすこと。そして他人へ。

そんな人生にするために、足掻いている次第です。