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俺だってヒーローになりてえよ

圧倒的な読書量と端から忘却していく貧相な記憶力、ふざけた文章を駆使するポンコツブロガー。 同情されているのか、やたらとオススメ本や漫画が売れている。月間250冊以上。 バカなことを書いて怒られること多し。

東野圭吾のへの態度で読書精神年齢が分かる

小説


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どうも。今回は日本小説界の巨人、東野圭吾に関する話である。

みんな大好き

東野圭吾といえば、その幅広い作風と読みやすい文体、大衆受けしやすい物語から、日本全国のみならず海外でも人気がある作家である。老若男女問わずファンになれる稀有な存在だ。

彼の作品はとにかく映像化に恵まれている。

これだけネームバリューがある作家がほとんどいないので、「原作:東野圭吾」という触れ込みだけで映画館に客を呼べてしまう彼の作品を、配給会社が手を付けずにはいられないのであろう。小説界のみならず、映画界さえも潤すという素晴らしいアイテムなのだ。

この記事を書くにあたってwikiを見てみたら、映像化にかぎらず漫画化や舞台化もしているようだ。

メディアミックスだけでこれだけの情報量である。

テレビドラマ

放課後
エンドレス・ナイト
交通警察の夜
マニュアル警察
超税金対策殺人事件
殺意取扱説明書
探偵ガリレオ / 予知
操縦る / 落下る『ガリレオの苦悩』所収
ガリレオの苦悩 / 聖女の救済 / 虚像の道化師 ガリレオ7 / 禁断の魔術 ガリレオ8
探偵倶楽部
11文字の殺人
ブルータスの心臓
回廊亭殺人事件
犯人のいない殺人の夜 / 怪しい人びと / あの頃の誰か
ウインクで乾杯
眠りの森
名探偵の掟
秘密
白銀ジャック
浪花少年探偵団
悪意
時生
使命と魂のリミット
冷たい灼熱『嘘をもうひとつだけ』所収
狂った計算『嘘をもうひとつだけ』所収
依頼人の娘『探偵倶楽部』所収
宿命
幻夜
分身
変身
カッコウの卵は誰のもの
白夜行
流星の絆
新参者
赤い指
眠りの森
浪花少年探偵団 / しのぶセンセにサヨナラ
モテモテ・スプレー『黒笑小説』所収
あるジーサンに線香を『怪笑小説』所収
誘拐電話網『毒笑小説』所収


映画
秘密
ゲームの名は誘拐
レイクサイド
変身
手紙
秘密
容疑者Xの献身
さまよう刃
夜明けの街で
麒麟の翼
プラチナデータ
真夏の方程式
天空の蜂

舞台劇
白夜行
手紙
容疑者Xの献身
あるジーサンに線香を
ナミヤ雑貨店の奇蹟

漫画
捨てないで
浪花少年探偵団 浪花の熱血先生と教え子探偵団の事件簿
HEADS
放課後
プラチナデータ
白銀ジャック
ウインクで乾杯
天空の蜂 

 ※wikiより一部転載

長っ

あまりの情報量に笑けてくるぐらいだ。儲かる話があるところには人が集まるということだろう。

まあとにかく日本のエンタメ界の一部分は東野圭吾で出来ているようである。みんな東野圭吾に甘え過ぎな気もするが、金儲けのためには仕方ないのだろう。

小説好きから見た東野圭吾

そんなメディアミックスに忙しい東野圭吾であるが、小説を読まない人でもフルネームを知られている数少ない作家だと思う。他は村上春樹ぐらいじゃなかろうか?

では逆に小説好きからは東野圭吾はどう見えているのかというと、これが少し面白いのである。

彼の作品はほとんどハズレがない。多作なのでクオリティの差はあるが基本的に一定のラインを下回ることはまずない。そして同じような作品に頼らず、あらゆるジャンルで作品を発表することでファンが彼を長く愛し続けられるようになっている。ファン歴20年なんてのもザラだと思う。それくらい彼は味わい続けることができる作家なのだ。

それなのに小説好きの中で彼の評価は割れることが多い。時には憎悪の対象であることもある。

なぜ意見が分かれるのか

小説界にその名を轟かせ続けている彼がなぜこんなにも評価が割れてしまうのか。

確かに人には好き嫌いがあり、どれだけ素晴らしい作品を書こうとも「苦手」の一言で終わってしまうことはある。だがこれはそれだけの話ではないのだ。

実はそこには、小説に魅了され読書経験を重ねる人の中に訪れるある心境の変化が関わっている。

人は様々な小説との出会いの中で、小説に対する態度やスタンスを変えていくのだ。成長するとも言える。

私はこれを読書精神年齢と呼んでいる。

この読書精神年齢が、東野圭吾への態度や評価を見ればすぐに分かるという話である。

ちなみに私は「中年期(40~65ぐらい)」だと自分では思っている。

ではこの読書精神年齢がいくつだと、東野圭吾に対してどのような態度を取ってしまうのかを見てみよう。

東野圭吾と読書精神年齢

胎児期

これはまだ読書と出会っていない、もしくは小説そのものに興味がない状態である。

一番ニュートラルというか、「どうでもいい」と思っている人である。なので東野圭吾なんぞの存在そのものさえ知らないと思う。

自分の興味がない分野というのは存在しないことと同じだったりする。

乳児期(0~3歳)

小説を読み始め、その世界に触れ始めたときである。

このときは何が面白くて何がつまらないか分からない状態である。どんな本も受け入れ、それなりに感動できてしまうまるで善悪のつかない天使のような状態である。

東野圭吾の存在も「世の中にたくさんいる小説家のひとり」ぐらいの認識しかない。

映像化などから東野圭吾の名を知っている人はこの年齢になる。いわゆるニワカである。

幼児期(4~7歳)

それなりに読書を重ねてきて、自分で小説を選べるようになってくる頃。

ネットなどでオススメの小説を探すたびにやたらと「東野圭吾」の名前を見かけることに気付きだす。

東野圭吾の評価は「かなり凄い人」「面白い小説をたくさん出している人」というものである。

学童期(8~12歳)

小説熱が急速に加熱し出す頃。

色んなジャンルに手を出し始め、読書の性癖が形成される時期。

その過程で東野圭吾作品はほぼ全て読破しており、その実力を「神」と認めている。 周りの人に勧めだすのもこの年頃。

思春期(12~18歳)

自分のツボに入った作家と出会い、信者になり出す頃。

自分が好きになったジャンルや作家以外を認めず、ディープさを求める傾向が出てくる。それと相まって非常に排他的な読書家になりがちである。

東野圭吾が面白いのは当然のこととして受け入れており、「東野圭吾好き」を公言する人を見ると「まだそんなレベルにいるの?」と見下すようになる。

青年期(18~25歳)

小説界に対して余計な使命感を持ち出す頃。

読者や作家はどうあるべきか的な余計な雑念で頭がいっぱいになっており、出版社のゴリ押しや映像化作品を貶すようになる。

また読書家として高みに行くことと、背伸びをすることを勘違いしており、みんなが読んでいる東野圭吾のことは、「一般大衆が読んでいるのだから、レベルが低いものだ」と決めつけ、全く評価しなくなっている。

自称マニアはこの年代から成長しなくなる傾向がある。

成人期(25~40歳)

出版社のゴリ押しや、自分が好きな作家が評価されないことを苦々しく思いつつも、売れること作品の質には関係がないことを理解しだす頃。

つまらない小説に殺意を覚えたりもしつつ、それも読書経験だと理解するようになる。

東野圭吾のことは、面白いとかつまらないとかいうよりも「いつまで活躍し続けるんだろう」という観察対象としての評価になりだす。

中年期(40~65歳)

面白い小説もつまらない小説も散々読んできて、小説というものを俯瞰して見られるようになる頃。

読むジャンル派はどんどん限られてきて、自分の好きなものだけを的確に選べるようになってくる。

年々縮小していく小説界を憂い、東野圭吾に対しては「小説界を支えてくれる感謝すべき存在」と思っている。

老年期(65歳以上)

小説はあるだけでいいという悟りの境地。 

新しい物は求めず、好きな作品を何度も何度も読み返したり、人によっては「手元にあるだけでいい」という、小説を読まなくてもいい境地にまで達する。

東野圭吾のことは「ああそうですかぁ」と穏やかな気持ちで見守っている。

正直、私はこのレベルになっていないので想像でしかない。ちなみに90過ぎの私の祖母を参考にしている。

あなたはどうだろうか

以上が読書精神年齢によって変わる東野圭吾への態度一覧である。

自分で書いておいてなんだが、誰にも役に立たない記事でびっくりした。

ただ小説好きであればこの一覧の中に少しは身に覚えがあることだろう。自分の読書精神年齢を確認してみてはいかがだろうか。まあ別に確認する必要なんてないのかもしれないがな。

ただ私がネットで観察するに、読書精神年齢が思春期・青年期のままで止まっている人が多く見られる。しかも全年代の中で、この年頃だけ他人に攻撃的な態度を取りがちなので、非常に迷惑である。

上にも書いた通り私は中年期ぐらいなので、彼らの青っぽい言動も分からなくもないのだが、やはり迷惑なものは迷惑である。誰が何を好きだろうが放っておけとは言いたくなるし、自称マニアは排他的でニワカをバカにするのが大好きなので、小説界にとっては顧客を減らしてしまう邪魔な存在だと思う。

早くみんな読書精神年齢を上げてくれないかと、ずっと私は待っている。

死ぬまで待っていることになりそうだけど。

 

以上。参考にしていただきたい。