俺だってヒーローになりてえよ

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伏線フェチの長岡弘樹が放つ『教場』をミステリー好きには読んでもらいたい

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どうも。読書ブロガーのひろたつです。

今回は伏線フェチズムに溢れたミステリー作品の紹介。

 

横山秀夫エピゴーネン

教場 (小学館文庫)

長岡 弘樹 小学館 2015-12-08
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君には、警察学校をやめてもらう。

この教官に睨まれたら、終わりだ。全部見抜かれる。誰も逃げられない。
警察学校初任科第九十八期短期過程の生徒たちは、「落ち度があれば退校」という極限状態の中、異色の教官・風間公親に導かれ、覚醒してゆく。
必要な人材を育てる前に、不要な人材をはじきだすための篩、それが警察学校だ。
週刊文春「2013年ミステリーベスト10」国内部門第1位、
宝島社「このミステリーがすごい! 2014年版」国内編第2位、
2014年本屋大賞第6位に輝き、
80以上のメディアに取り上げられた既視感ゼロの警察小説!

『傍聞き』が本屋でこぞって取り上げられたことで一躍その名を知られることになった長岡弘樹の連作短編集になる。こいつがまたヤバイ。

各所で評判、的な作品を私はあまり好まないのだが、長岡弘樹の実力は間違いないだろうと見込んで読んでみた。まあ読書なんて結局はギャンブルみたいなものだから、この辺りは運任せである。

 

さて、どうだったかと言えば、『傍聞き』の衝撃をそのままに、彼の特徴を暴力的なまでに発揮している作品だった。

 

まだ長岡弘樹作品を未読の方に説明しておくと、彼の作風は横山秀夫に非常に似ている。本人もインタビューで「私の作品は横山秀夫エピゴーネン」だと答えてていた。

エピゴーネンなんて言葉はまったく聞いたことがなかったので調べてみたところ、「ある人の思想につきしたがっている者。亜流。」という意味があるそうだ。ということで、横山秀夫好きであればかなり近しい面白さを感じられることと思う。

 

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バランスを取らせていただく

ただ、私もかなり横山秀夫好きなのでそうそう簡単に認めるわけにもいかない。

わざわざこうやって紹介しておいてなんだが、さすがに騒がれ過ぎである

何度も経験しているが、メディアがこぞって褒めると無駄に作品のハードルが上がってしまい、純粋に楽しめなくなってしまう。『その女アレックス』とかまさにそう。

その女アレックス (文春文庫)

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みんなが褒めるならばあえてここはバランスを取らせていただく。『教場』はそこまでの傑作ではない

確かに横山秀夫作品に近しいものはあるが、横山秀夫が繰り出す重厚な人間ドラマにはまだまだ追いついていないと思っている。

しかしながらこの作品はミステリーとして非常に優秀な点があり、それだけでも十分に読む価値があると私は思っている。

 

では細かくこの作品の魅力を語っていこう。

 

短編ミステリーは切れ味こそが命

今まで数え切れないぐらいのミステリーを読んできて、心底思うのは「短編は切れ味こそが命」ということである。

こちらのまとめ記事でも多数の短編ミステリーを紹介しているが、どれも切れ味抜群のものしか取り扱っていない。

orehero.hateblo.jp

長編ミステリーであれば、トリック以外にも作品の雰囲気とか恐怖感とか感動とか、色々な味付けを施すことができる。 悪い言い方をするならば、ミステリー部分がいまいちでもフォローできてしまうのが長編ミステリーなのだ。

かたや短編ではほとんど誤魔化しようがない。

読者は強烈な謎と解決を限られたページ内に求めてくる。中途半端なものは受け付けないことだろう。

少ないページ数だからこそ、そこに存在する情報を余すところなく使い切り、完成された作品にすることで「切れ味」が生まれる。読者の満足感を刺激できるようになるのだ。

 

その点で『教場』は非常に優秀である。切れ味は抜群だ。

『傍聞き』を読んだ方はお分かりだと思うが、この作者、極度の伏線フェチである。変態的なまでに伏線を愛しており、作品内に忍び込ませないと気が済まないような男なのだ。

つまりとっても短編向きな作家と言えよう。

そこで「ドラマが~」とか「現実味が~」とか余計なことを言い出すから、作品を楽しむ目が曇ってしまうのだ。Amazonのレビューで『教場』を酷評している人たちは反省しろ。

 

伏線のさりげなさと角度

作者が偏執的に愛している伏線だが、これがまたいい仕事をしている。

『傍聞き』と違い『教場』は連作短編集である。短編ではあるが、登場人物や舞台が全編を通して同一であり、一本の物語を共有している。

この作品方式で作家が頭を悩ませるのは当然トリックである

同じような舞台装置が用意された中で、いかに読者を欺くかが難しいのだ。

同一パターンを繰り返せばすぐに読者に看破されてしまうし、そもそも読んでいて面白くない。驚きも減るだろう。「あぁ、またこのパターンなのね」と。

だからこそ長岡弘樹は、あの手この手を使ってくるし、ときには同じようなパターンを違う角度から仕掛けたりする。それによって読者はめくるめく連作短編集の世界を堪能することになる。騙される快感の波に酔いしれる。

 

あまり書くとネタバレになるので、ぼやっとした表現に留めておくが、伏線の使い方もなかなか絶妙である。

繰り返し騙されていると私のようにアホな読者でもさすがに警戒するようになる。どこに伏線が潜んでいるか、伺いながら読み進めるようになる。

だが、そんな読者の思惑さえも長岡弘樹はひらりと躱してくる。

その絶妙さは体感してもらうのが一番であろう。私がここでどれだけ語ろうとも、ただのネタバレ未遂になるだけである。 

 

連作短編集、というフルコース

繰り返しになるが、今作は連作短編集となっている。

連作短編集は料理で言うところのフルコースである。ひとつのテーマに沿って作者の腕を振るい、あの手この手で読者、いや、客の舌を楽しませる。

そういえばそれをそのまんま題名にした作家もいたなぁ。彼も極度の連作短編愛好家であった。北森鴻というのだが、惜しくもすでに亡くなっている。

メイン・ディッシュ (集英社文庫)

北森 鴻 集英社 2002-03
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で、連作短編集なのだが、実は二通りの書き方がある。

よくあるのは、短編を重ねることでひとつの物語を浮かび上がらせる、というもの。『ブギーポップは笑わない』なんかはこのタイプの代表格だろう。代表じゃないかもしれないけど。

もう一つは、ミステリーの連作短編でよく用いられる手法である。連作であるからこそ…

 

と、説明しようと思ったが、これもやはりまたネタバレ繋がりそうな気がするので、止めておくことにする。

「なんだよ、思わせぶりな書き方しやがって!」と思われた方、ヒントを与えるとするならば、私がここで説明を止めた理由を推測してもらいたい。

 

少しでも読者の楽しみは奪いたくないので、『教場』の紹介はここまでとしよう。

まだまだ成長の余地はある作品だとは思うが、読者を翻弄するだけの実力を備えているのは確かである

 

それをどう楽しむかはあなた次第である。そして、「私はただただ騙されたいんだ!今まで見たことがないミステリーが読みたいんだ!」と願うミステリー好きであれば、確実に楽しめることだろう。

 

そんな作品である。

 

以上。

 

教場 (小学館文庫)

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