俺だってヒーローになりてえよ

何が足りないかって、あれだよあれ。何が足りないか分かる能力。

人格を磨くのが1番の近道なのかもしれない。羽生善治『大局観』について

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どうも。羽生ファンのひろたつです。もちろん将棋は指しません。

そんなにわかファンが羽生氏のベストセラーを紹介したい。お付き合いあれ。

内容紹介

大局観 自分と闘って負けない心 (角川oneテーマ21)

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考え抜いても結論がでなければ「好き嫌い」で決めていい。年齢を重ねるごとに強くなる「大局観」の極意を公開。60歳、70歳でも進化する勝負の法則、直感力・決断力・集中力を極める。 

羽生氏の著書のほとんどがそうなのだが、タイトルの内容についてはそこそこに、本の大部分は羽生氏が普段の試合の中や生活の中、また人との出会いの中で得た“気付き”をまとめたものになっている。タイトル詐欺とは言わないでほしい。

 

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勝つことと強くなることは違う

私が特に興味深かったのが、以下の記述である。

負けも進歩の一プロセスと考えてプラスの材料とし、成長していこうとする姿勢が大切だと思う。

羽生氏は終始こんな感じだ。文章からは負けに対しての悔しさみたいなのはあまりに感じられない。勝利への執着とも言うべきか。

勝負の世界に身を置く人間である羽生さんがそこまで勝ちに執着しないのは、「成長」に主眼を置いているからなのだろう。

将棋というあまりにも高く聳える山を登り詰めるうえで、足元の小石に躓いたり、ちょっと登山道を迂回したりすることは、頭を悩ませることではないのだろう。

そういえばネットで大人気のプロゲーマー・ウメハラ氏も同じようなことを著書で書いていた。

ある勝負をする。もちろん勝ちを目指すけれど、その時点でやるべきことをできていれば、結果は問わない。
すると、勝っても負けても必ず得るものがある。成長できる。
成長できるってことは、人生の楽しみであり、幸せそのものである。そしてより努力ができて、結果として勝負にも強くなってしまう。勝負する、成長する、より勝ちやすくなる、というループがあるのだ。

勝負論 ウメハラの流儀 (小学館新書)

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ひとつひとつ成長する、というのはよく言われることだが、それを実践するのは容易くない。容易くないことを実践できるからこそ彼らは一流なのだろう。 

気付きを得る 

本書を読んでいて感心してしまうのが、羽生氏は生活の本当に些細なことから将棋や人生の本質のようなものをすくい上げてしまうことだ。

それは将棋の先達の言葉であったり、果ては映画『アバター』から気付きを得たりする。

その深い洞察をするために必死に考えているという感じも受けない。どちらかと言えば、「ああ、そういうことなのか…」というむしろ脱力感さえ漂っている。あっさりしているとも言えるし、天才的とも言える。本書を読んで、「やっぱり羽生さんは我々とは違うよ」と言う人もいるだろう。

私が思ったのは「素直」である。

これが羽生氏の最大の武器なんじゃないだろうか。

曇りのない目

何か作品や他人から学びを得るとする。学ぶということは相手を認めることだし、自分に足りないものを見つけ、認める行為である。

変にプライドが高かったり、相手をこき下ろしていたりすれば、どちらもできなくなる。何も見つけられなくなる。目が曇っているわけだ。

確かにそこら辺にいる有象無象を観察すれば分かることだが、みんな嫉妬にかられ、相手を憎しみ、認め合うことなんて当の昔に忘れ去ったような人ばかりである。当然、凡人の極みである私もその例に漏れない。嫉妬大好き!

曇りがあれば、相手の良い所も自分の悪い所も抽出できない。だから成長できない。成長できないからいつまでも地獄の底を這いずり回る、のループである。

これがマンガだったら笑えるかもしれないが、世の中の大半の人がそうなのだから、笑えない。いや逆に笑うしかないかもしれない。ガーハッハッハ。…あーあ。

優秀な人はみな人格者

これまでたくさんの人の著作を読んできた。みな偉大な人たちだったが、誰もに共通することがある。

それは「人格者」である、ということだ。

極端なことを言ったりはするが、人としての道は踏み外さない。というかむしろ他人を大事にし、礼を尽くす印象を受ける。色々と勘違いされがちだがホリエモンこと堀江貴文氏も同様である。『ゼロ 』を読むとよく分かる。

私たち欲深い凡人はすぐに小手先のテクニックや儲け話に釣られてしまう。自分だけが得をすることが大好きだ。小銭を拾いたがる。我ながら醜いものだ、と思う。

もしかしたら、他人を出し抜くとか、勝ちに貪欲にとか、そんな地獄の亡者のようなことよりも、人格者になることの方が、はるかに成功への近道なのかもしれない。 

他人を認め、自分に足りない部分を認め、ゆっくりと確かに歩みを進めるのだ。

 

 

最後に『大局観』からの一文を紹介してこの記事を終わりにしたい。

 

何のために闘うのかは、七十歳になってからじっくり考えたいと思う。

 

以上。


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