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俺だってヒーローになりてえよ

圧倒的な読書量と端から忘却していく貧相な記憶力、ふざけた文章を駆使するポンコツブロガー。 同情されているのか、やたらとオススメ本や漫画が売れている。月間250冊以上。 バカなことを書いて怒られること多し。

応援は大事かもしれないけど、それで左右される人間は一流になれない。

ニュース オピニオン


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どうも。元吹奏楽部員のひろたつです。

こんな記事を読んだら筆を取らずにはいられなかった。

headlines.yahoo.co.jp

 

引用させてもらう。

吹奏楽部は部員21人。4年連続の出場が懸かる南九州小編成吹奏楽コンテストの県予選を翌週に控えた7月26日、野球部が甲子園切符を手にした。

 南九州大会は8月11日。県予選を通過しても、甲子園の応援を優先すれば大会には出られない。コンテストか、甲子園か。7月下旬の職員会議は2日間にわたった。多くの教員が「コンテストに出るべきだ」と主張した。吹奏楽部の3年生6人も話し合いを重ねた。「コンテストに出たい」と涙を流す部員もいた。

 しかし演奏がなければチアリーディングもできず、応援が一つにならない。「野球部と一緒に演奏で日本一になります」。顧問の教諭に決断を伝えた部長の樋口和希さん(17)の目は真っ赤だった。8月1日の県予選には「上位入賞しても南九州大会を辞退する」と主催者側に申し入れて出場し、金賞を受賞した。

 「県予選で全力を出し切り吹っ切れた」。部員の田畑史也さん(16)は16日、スタンドでドラムを打ち鳴らした。樋口さんは「最高に気持ちが良い。僕たちも全力で戦います」。頂点を目指すナインとともに「熱い夏」を過ごすつもりだ。

私は高校時代、吹奏楽部に人生を捧げていた。それまで楽器なぞ音楽の授業でリコーダーを吹くぐらいしかなかった私だが、たまたま入った高校に強豪の吹奏楽部があったことで人生が変わった。

身体に負荷を掛けることで鍛える運動部と違い、精神力や協調性、センスや集中力といったものが勝負の鍵になる吹奏楽は、とにかく長時間練習になりがちである。

運動部は練習をし過ぎれば故障に繋がることもあるだろう。しかし吹奏楽にそれはない。いくらでも練習出来てしまうし、練習をしなければ絶対に上手くならない。まあ集中力が続けば、の話だが。

そんな訳で私たちの部活では、基本的に休みは正月の3日間と8月31日だけだった。

どんなに大きな大会があっても、コンサートをやっても、翌日は普通に練習を朝から晩までやっていた。そしてそれが当たり前の環境だった。辛かったのは間違いないが。

強豪校だったうちの部活でも、甲子園の時期は野球部の演奏に向かった。当時、野球に興味がまったくなく、むしろ嫌いだった私はそれが苦痛で仕方なかった。心の底から「負けやがれ!」と思いながら応援歌を演奏していた。

その甲斐あってか、うちの野球部は地区予選2試合目であえなく敗退した。グラウンドで涙する彼らを見ながら、心の中でガッツポーズをしていた。いやもしかしたら実際にしていたかもしれない。ごめん、あの時の野球部。

その一方で、私たち吹奏楽部は破竹の勢いで勝ち進んでいた。元々強かったのもあったが、長年うちの部活を支えてきた顧問の先生が転任することになり、「先生に、最後の大会で最高の結果を」と部員が一丸になっていたことが大きかった。目的意識というやつは強い。

では私たちの吹奏楽部が応援されていたかと言うと、それが全くだった。

吹奏楽部以外に強い部がなかった私の学校では、元気が良いやつや半グレみたいなのがみんな吹奏楽部に集まっていた。なので校内では「吹奏楽部の生徒はロクなのがいない」というのが共通認識になっていた。

私はいくらか真面目な生徒だったと思っているが、それでも日夜練習に明け暮れているため、授業に費やすエネルギーなどほとんど残っておらず、大半は寝て過ごしていた。部員のほとんどがそんな感じだった。なので学校側は強豪である吹奏楽部を応援するどころか、むしろ廃部に追い込みたいぐらいの空気があった。(ちなみに私が卒業した3年後に本当に廃部になった)

応援してくれないのは学校側だけでなかった。家族もそうだった。

練習にかかる費用、朝早く出て行ったと思ったら夜遅くに帰ってくる子供。心配と共に「なんでそこまで…?」と理解できない親御さんからクレームの電話はしょっちゅう掛かってきていた。顧問の先生が練習を見ずにクレーム対応している、なんてのはザラだった。

それでも私たちはめげなかった。というか全然気にしていなかった。

なぜなら私たちの目の前には

「大会でいい演奏をする」

「そのためには毎日を全力ですごさなければならない」

「でもただやるだけでは意味が無い。頭を使わないといけない」

という課題が山程あり、外野の騒音などどうでも良かったし、そんな余裕などなかった。頭の中にそんな雑音が入る隙間がないのだ。

誰から応援されるか、とかそういう次元ではないのだ。ただただ「目標のためにどうしたらいいか?」を考え続けていた。

私たちの夏は関東大会金賞という結果を得て終わった。

吹奏楽をやっている方は分かるかもしれないが、関東にはとんでもなく強豪が揃っている。SLAM DUNKもびっくりなレベルだ。そいつらを押しのけて関東大会で金を獲得するってのは、全国的に見たら無名である私の高校としては快挙だった。というか全国的な強豪校だって数年に1回は関東大会で落選するのが当たり前なのだ。あまりにも強豪校が揃いすぎて、関東大会を「東関東大会」「西関東大会」と分けているにも関わらず、そんな状況。異常さが伝わるだろうか。

孤立無援とまではいかないものの、ほとんどの人間から見放されていた自分たちは、強い目的意識だけでそこまでのし上がったのだった。

正直言って、私は高校部活程度の人間である。楽器の世界で言えば一流にはほど遠い。そんな私たちでも、応援なんぞには左右されないレベルなのである。

甲子園がどれだけ大事な舞台か私は知らないが、少なくともそこに出ている球児たちは吹奏楽部がいるかどうかで精神的に左右されるほど甘い連中ではない。そんな生っちょろい精神のやつであれば、甲子園の土を踏まずにとっくに敗退している。

 

件の学校側がどれだけの覚悟を持って吹奏楽部にコンクールを断念させたかは分からない。

本当に部員の子たちが納得していたかも、この記事だけでは分からない。

ただ言えるのは、本気でコンクールに向けて練習していたのであれば、教師が何を言おうが絶対に「断念する」ということはないだろうし、何だったら甲子園だってボイコットするレベルだと思う。

学校側も本当に「甲子園の舞台で吹奏楽は必須である」と考えたのであれば、生徒たちを舐め過ぎである。

 

以上、外野の勝手なたわごとである。