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俺だってヒーローになりてえよ

圧倒的な読書量と端から忘却していく貧相な記憶力、ふざけた文章を駆使するポンコツブロガー。 同情されているのか、やたらとオススメ本や漫画が売れている。月間250冊以上。 バカなことを書いて怒られること多し。

ユニセフのマンスリーサポーターになることでヒーローに近付いた話



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どうも。

ただの自慢話である。

ヒーローになりたい男

私はヒーローになりたい。常々そう思っている。常々そう思って生きてきた。

思えば私の周りには常にヒーローがいた。

クラスの人気者。学園祭でバンド演奏をするやつ。みんなの前で表彰されるやつ。

社会に出れば、いくらでも有能な人が溢れていて、自分の低脳さに嫌でも気付かされてきた。

ヒーローになりたいと思ってしまうのは、そもそもヒーローではないからである。憧れは劣等感の裏返しである。

人というのは結構早い段階で、世の中での自分の立ち位置を理解する。

私もかなり早かった。幼稚園生の頃だ。みんなで遠足に行った時に、クラスの男子が集まっている所を先生が写真に収めてくれた。その時、クラスの中心的な子がやはり写真の中心で何か戦隊物のポーズを決め、私は端の方に引っ込んで目立たないようにしていた。子供心に人間の力関係的なものを感じていたのだった。

特に際立った能力無し

ヒーローという存在に特殊能力は付き物である。必須である。じゃあ私に何か特殊能力があるのかというと、これがもう泣きたくなるほど何もない。このままでは私はヒーローになれずに人生の幕を閉じることになりそうだ。誰からも憧れられず、助けることもできず、わびしい人生を過ごしていくのだ。そんな諦めを抱えながら。

みたいなことをみんなも考えたことがないだろうか?

自分は特別な人間では無かった、という諦めに似た気持ちを抱いたことはないだろうか?

人は比べることが得意である。間違い探しは我が家の仔猿(4歳)でもできる。それだけ簡単にできてしまう「比べる」や「違いを見つける」という行為のせいで、人は自分と他人を別のモノとして認識してしまう。理解してしまうとも言えるかもしれない。

実はみんな同じ

これは思考の落とし穴なのだ。

自分に無いものを持っているからといって、その人がヒーローになっている訳ではない。そう思いがちだが全く違う。

確かに成功していない私たちから見れば、成功者は自分たちにないもので活躍しているように見える。

だがちょっとだけ考えてほしい。

もし成功している人に、その突き抜けた能力が無かったら成功していなかっただろうか?例えばイチローが野球をしていなかったら?本田圭佑がサッカー選手になっていなかったら?羽生善治が将棋の駒に触れない人生を歩んでいたら?

私は彼らが成功していない姿は想像できない。何かしらの分野で成功を収めているとしか思えない。

もっと言えば、彼らは別に自分に才能があると思ってその分野に足を踏み入れた訳ではないのだ。最初はゼロだったはずである。これは私たちと同じではないだろうか?

ここにヒントがある。あるはずだ。少し考えてみよう。答えは教えられない。だが私は少しだけヒーローになるための希望のようなもの見つけることができた。

御託を並べる

以前、こんな記事を書いた。

orehero.hateblo.jp

御託が並べてあるだけなので、大した価値のある記事ではない。だが少しだけ良いことが書いてある。

誰かを助けたいのが自分のストレス発散だろうが、エゴだろうが、事実はどうあれ私たちができるのは、できることは、やるだけで。

ヒーローパラドックス - 俺だってヒーローになりてえよ

私たちは何かしらにつけて理由や言い訳を見つけてしまいがちだ。

「自分は特別じゃないから」という諦めも、言い訳みたいなものだ。誰かが崖から落ちそうになっているときに「いや、自分にはあなたを引っ張り上げるだけの力がないから…」なんて言わないだろう。

御託はもういいのだ。私はやれることをやる。

ヒーローへの第一歩 

私には特別な能力はない。

だがどうやら私のブログはそれなりに評価をされているようで、それなりな収入をブログから得ることができた。まあ雀の涙だが。

もしかしたら見る人から見れば、私のブログだって特殊能力なのかもしれない。そこで得た対価は羨望に値するのかもしれない。

ここに私は希望を見出した。見出すことにした。

私はブログで得た収入をユニセフに募金することにした。マンスリーサポーターというやつだ。

大した額ではないし、全額を注ぎ込めるほど聖人君子ではないが、それでも以前の私から比べればかなりヒーローへと近付いたと思う。だって実際に子供たちの命を救っているのだから。

マンスリーサポートでできること

取り敢えず毎月2000円から始めてみた。

ちなみに2000円でできることはこんな感じらしい。

毎月、肺炎にかかった子どもを治療する抗生物質77人分、あるいは、栄養不良で弱った子どもの抵抗力を高めるビタミンA 2,000錠に変わります。

私の微々たるお金で毎月77人の子供の命を救うことができるそうだ。1年に換算したら何人だろうか?アホなので計算はできないが、おそらく77人よりは多いのではなかろうか?

私の人生で今まで77人もの人の命を救ったことはない。というか1人だっていない。御託を並べるだけ並べて何もせずにいれば1人の命も救うことができなかったはずだ。偉いぞ、俺。

背負うものができた

ただのお小遣い稼ぎだった私のブログに人の命が乗っかるようになってしまった。とんでもない変化である。毎月募金するために、このブログで私は確実に2000円を稼がなくてはならない。ユニセフに貢がなくてはならない。そういう意味ではプレッシャーにもなる。

ただ私はこんな微々たる金額では満足していない。目標は毎月100万である。何の根拠もないがヒーローっぽいので100万だ。

想像していたようなヒーロー像ではないが、少しだけ憧れに近付いたような気がした次第である。

 

以上、私の健闘を祈れ。

www2.unicef.or.jp