俺だってヒーローになりてえよ

何が足りないかって、あれだよあれ。何が足りないか分かる能力。

カスタードでもケーキでもないけどロッテの『カスタードケーキ』を愛している

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人気者チョコパイ

日本のトップ菓子メーカーであるロッテには、高級菓子の二大巨頭が存在する。

 

ひとつはチョコパイである。

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スポンジ生地にクリームを挟み込み、絶対正義であるチョコを全体にコーティングしただけという、単純極まりない構成から、全日本人から圧倒的な支持を得、友達の家に遊びに行ったときにこれが出てくるとテンションが上がっちゃうやつだ。もちろん他人の家なのでそんな素振りは見せないように子供なりに己を戒めるが、胸の裡は狂喜乱舞している。

コンビニでも単品売りをされていたりと、その人気っぷりは村上春樹に負けるとも劣らない。

そんなお菓子である。

 

日陰で咲く花

だが今回の記事ではそんな人気者は登場しない。

人気者の影で健気に美しい花を咲かせ、そのいじらしい姿勢を一定数の人間が評価し続けるお菓子にスポット当てる記事である。別に村上春樹はどうでもよろしい。

 

私が紹介したいのは、お口の恋人の二大巨頭の片割れ、『カスタードケーキ』である。

 

 

見よ、この地味な見た目を。

 

 

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なんだこれ。

 

まるでどこかの原材料メーカーから届く、新商品の開発テスト写真のようである。全然美味しそうじゃないし、華やかさの欠片もない。

 

だがそれがいい

 

チョコパイのように美しく着飾ったお菓子もいいだろう。美しさは正義であり、人々を魅了する手段として最もお手軽だ。お菓子は常に大衆的でなければならないことを考えると、美しい装いをして当然かもしれない。

 

しかしだ、例えばこんな話はどうだろうか。

ドレスを着飾った美女よりも、家の中で慎ましく家事をこなし、化粧っ気はないが美しい人間性で彩られた女性。地味だとしても自分のために尽くしてくれる女性。

どちらも美しいことには変わらないと思うのだ。もちろん前者がチョコパイであり、後者がカスタードケーキである。地味かどうかは美しさの種類でしかないのだ。あとは、私たちがどれだけ曇りのない目で彼女たちを見るか、にかかっている。

 

ただ、カスタードケーキといえども所詮は駄菓子なので、食べたところで何も得るものはないし、むしろ身体に悪いだけである。まるで自分に尽くしてくれ、健康的な存在かのように書いてみたが、あくまでも比喩である。そういう意味では、地味で善良そうに見えるカスタードケーキも、我々の身体を徐々に蝕んでくる水商売の女とそう変わらないだろう。くそっ、この売女め!

 

ケーキじゃねえし 

さて、何の話をしているのかすぐに分からなくなってしまうが、気にせず続けよう。

 

カスタードケーキというお菓子の中身に話を移りたいと思う。

一応、私自身の紹介をしておくと、お菓子業界に10年以上勤務しており、とあるケーキの全国大会で3位を受賞したことがあったりする。まあそれなりのプロである。

そんな私なので、素人の皆さんよりはいくらか専門的にこのお菓子の真実に迫ることができると思う。

 

カスタードケーキを菓子のプロとして見た時に真っ先に思うことが2つある。

それはこの記事のタイトルにも書いてあることだ。

 

全然っ、カスタードでもケーキでもねえし。 

 

 

落ち着いて考えてもらおう。

 

まずケーキだ。ケーキってなんだ、という話である。

頼りないが一応参考にはなるwikiによるとこう書いてある。

日本語で単にケーキというと、一般には、スポンジケーキにクリームを塗り果物を載せたものを指すが、広義では、チーズケーキやホットケーキなどクリームも果物も載せないものや、クッキーを砕いた土台の上にクリームチーズの生地を敷き、冷やして固めたレアチーズケーキなど、様々な種類を指すこともある。多くのケーキは何らかの穀物の粉末(多くは小麦粉)、結着剤(多くは鶏卵や小麦粉に含まれるグルテン)、油脂(植物油、バター、ラード、シュマルツなど)、水分(水、牛乳、バターミルク、果物のピュレーなど)、膨張剤(酵母重曹、ベーキングパウダーなど)を配合して作られる。

なるほど。

確かにこの定義で言えば、カスタードケーキはケーキの分類に含まれるのかもしれない。穀物の粉末と油脂で出来ているからだ。

 

だがだ。

 

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は?

 

これがケーキ?

小学生が夏休みの宿題で作ったような未完成な見た目。とても胸を張ってケーキとは言えないだろう。

もし付き合いたての彼女が「ケーキ作ったんだ」とか言って、恥じらいながらこれを出してきたら、「こいつは料理ができないのか」と彼氏は一瞬で悟るんじゃないだろうか。

まあそれでも、付き合いたての盲目状態であればスルーしてくれるだろうし、何ならその欠点さえも愛らしく映るだろうが、それなりの年月が経ってもこんなのを「ケーキ」と称してテーブルに載せてきた日には、三行半が相応しいだろう。

 

普通、ケーキってのはこういうものだろう?

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まあここまでのレベルは求めないにしても、もしケーキと謳うんであれば、どちらかと言えばまだチョコパイの方がケーキに近いと思う。 

 

もう一度見てみよう。

 

 

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※ケーキ

 

 

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※ケーキ

 

 

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※ケーキ

 

どこがケーキだよ。

最後の画像なんて、脂肪が溜まっている人のMRI画像みてえじゃねえか。

 

カスタードじゃねえし

さて、気が済んだところ次の話題に移ろう。

 

次の議題は“カスタード”である。

これもお菓子のプロの目線で言うと、おかしな話である。

カスタードケーキの中には謎の甘いショートニングと、真っ黄色の液体のりみたいなものが入っている。一見した感じではどこにもカスタードが入っているようには思えない。もしかしたらあれなのかもしれない。ロッテでは黄色い液体のことをカスタードと呼ぶ習慣でもあるのかもしれない。どこにでもあるよね、そういう企業内だけで通じる隠語みたいなやつが。

 

カスタードについて少し補足しておきたい。

一般的にカスタードと呼ばれるものは、卵に小麦粉と砂糖を加え、加熱したクリームのことを言う。

 

こういうやつね。

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材料はシンプル、製法も加熱しながら混ぜ合わせるだけ。それだけに職人の腕や、店の味が出やすく、美味しい店かどうかはその店のカスタードを食べれば分かると言われるほどだ。ちなみに私はそれが分かるほど舌が優秀ではない。

ちなみに、そのようにパティシエの実力を測れるクリームであることから、カスタードクリームの正式名称(フランス語で)は“パティシエール”と呼ばれる。パティシエの名を冠したクリームがカスタードなのだ。

 

それがこれである。

 

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ロッテの看板をかけたクリームがこのザマだ。

 

でも愛してる

 

貧相な見た目。誇大広告も甚だしい名前。

じゃあ味はといえば、これもなかなかである。

 

中に入っているクリーム。カスタードとはほど遠い、ただのショートニングである。しかも口当たりはボッソボソ。失敗して分離したバタークリームみたいである。そして液体のりみたいな黄色いあれ。口の中でドロリとした違和感をもたらす。

 

だがこれが美味い。

 

私が職場で追求しているような美味しさとは真逆の方向にひた走ったような味わいだが、それゆえに背徳的な美味さを生み出している。

たまに分からなくなる。美味しいとは一体何なのだろうかと。

 

さきほどの話と同じで、付き合いたての彼女が作った手料理であれば、大抵のものは美味しく感じられる。もちろん高級料亭で食べる食事も最高だろう。大した材料を使わずともバーベキューで食べると異常に美味い。自分で作った料理は自然と4割り増しぐらいで美味くなる。

 

それと同様に、こんなにも陳腐なお菓子であるカスタードケーキも、手の込んだお菓子と同様、美味いというカテゴリーに分類されるのだ。残酷なものである。

 

商品の質だって、実はかなり悪い。中身に充填してあるクリームの位置は偏りまくっている。ちゃんと真ん中にあるものなんてほとんどない。ゼロではないが、キアヌ・リーブスを都内で見かけるぐらいの低確率である。いや、高確率か?

カスタードケーキを食べようとする。しかし肝心のクリームがどこらへんに存在しているのか分からない。きっとクリームを先に口にしたい人と、最後にしたい人がいるだろう。それぞれの思惑があるにも関わらず、カスタードケーキは気まぐれに我々にクリームを提供する。そのたびに我々は意気消沈したり狂喜乱舞する。

すべては彼女の掌の上である。

 

だがそれが楽しい。

 

弄ばれたい。クリームの所在を横にある充填穴から推測しながら食したい。そしてそのたびに一喜一憂したい。

完全にやられている。カスタードケーキの奴隷である。そしてそんな自分を楽しんでさえいる。「こんなくだらないことを気にしているなんて…」と。 

 

我々はカスタードケーキに出会い、何を得るだろうか。いや、何も得るものなどない。駄菓子は常に我々に刹那的快楽をもたらし、それと引き換えに金品を要求し、そして無駄な栄養素を身体に溜め込む羽目になる。何かを得るどころか、むしろ失っているぐらいだ。

 

だがそれがいい

 

健全に暮らすこと、健全な食生活を送ること。それが素晴らしいことは認めよう。

だがしかし、駄菓子に酔いしれ、刹那的な快楽のためにその身を脂肪に焼かれたとしても、その人生に価値がないとは言わせない。

人の数だけ幸福の形があり、他人からとやかく言われることではないのだ。

 

ということで、これからも私はこのどうしようもなく人生に必要ないお菓子を必要として生きたいと思う次第である。

 

以上。